一生使える新年会
国連は来たる蛋白質の不足はまず魚に依存するしかないと考え、海を「耕し」て、魚を増産する研究をはじめている。
人類の魚食への依存の度合いはますます高くなりつつある。
牛や豚など陸上の生物よりも、海に住む魚の方が栄養的にすぐれているという説もある。
地球ができて以来長い年月のあいだに、雨によって人体に必要な未知の微量栄養成分陸地から海へ洗い流されている可能性あるからだ。
日本では以前からウナギ、マス、ハマチ、エビなどの養殖盛んだ。さらに、ブリをヒラマサやカンパチと交配して″人工魚″も作られている。
今のところ高級魚に限られ、まだ学者の研究の域を脱していないようだこのようにして新しくて安価な魚が″発明″されればよいのだ。
魚食の本家の日本だ。最近その周囲の海汚れて近海での漁獲はいちじるしく減少しているのは皮肉なことである。
タイさえもアフリカあたりでとった冷凍ものがほとんどで、魚屋に並ぶ″鮮魚″もこうした冷凍品の解凍もの多い。
このまま汚染が進めば十数年後には瀬戸内海も日本海も魚はいなくなり、いても食べられなくなると予測されている。
私たちは、奈良平安朝の人たちのように、魚は加工品で満足していなければならなくなるかも知れない。
早く手を打って、美しい海を取りもどすことは、魚にとっても、日本人にとっても必要なのである。
『3国志』の「魏志倭人伝」の邪馬台国のくだりには、3世紀ごろの日本についての描写があり、当時の日本人の食生活の素顔がうかがえる。
「牛、馬、虎、豹、羊、カササギはなく」、「温暖で、冬も夏も生野菜を食べる」。
「ショウ、タチバナ(ミカソの1種)、サンショウ、ミョウはあるうまい食べ方を知らない」。
この前に、水に潜って貝や魚を捕る、というくだりもあるから、つまり絶えず新鮮な野菜を食べ、魚は食べる畜肉類はあまり食べず、香辛料も使わない、という、わが国初の女王卑弥呼の国の、しごく淡白な食生活が想像される。
時代をずっと降って、飛鳥時代以後には、「菜」は愛惜をこめて歌われている。
あすよりは若菜に昨日も今日も雪は降りつつ これらの優美な歌から想像できるのは「菜」は単なる畑作物ではなく、野生のヨメナ(ウハギ)などの食用野草のことで、それらを早春に摘み、人に贈ったり、そこで煮たり、粥に入れて食べる、春を呼ぶ楽しい慣わしあったことだ。
春の7草といい、7草粥といい、当時の人たちの新年は、まず「菜」からはじまった、といってよい。
有史以前の日本列島は意外に植物性の食物には乏しかったらしい。
もともと日本にあった食用植物はウド、フキ、ヤマノイモ、マツタケ、ユリネ、それに野の草(つまり「菜」)ぐらいのもので、あとは他の土地から伝えられたものを改良し、定着させていったものだといわれる。
飛鳥時代、持統女帝はカブの栽培を進めている。
こうして、奈良時代には、ナ、カブ、カブラナ、アザミ、チサ、フキ、アオイ、セリ、コナスビなど栽培され、ワラビ、ノゲシ(ニガナ)、ウハギ、ジュンサイ、タラ(芽)、カワホネ、クズ、イタドリ、クワイ、などの山菜、野草の類好んで食べられていた。
またウリ類(アオウリ、キ’ウリ、マクワウリ、トウンなど)やナスなどの果菜類、サトイモ、ヤマノイモ、ダイコン、レソコッなどの根菜類、ネギ、11ソニク、アサッキ、ニラなどのネギ類も栽培され、または野生のものを食べていた。
その他、タケノコも古くから食べられていたしキノコ類も喜ばれていた。
キノコではこのころからマツタケが愛用され、「秋の香」と名づけられ、こんにちと同様、秋の味覚の筆頭とされていた。
高松のこの峰に笠立てて満ち盛りたる秋の香のよさ(『万葉集』) ついに平安時代には、野菜も魚介類もひっくるめて副食物1般を柴というようになる。
「朝柴夕菜」というのは朝晩の(当時は1日2食だったから、つまり1日の)おかず、という意味だ。
今でいう、お菜だ。
そのうちに魚のことを「ほんとうのおかず」という意味で「真菜」、野菜のほうは、野菜にとって悲しいことに、粗末なおかずというので「rr」というようになった。
野菜としては、「ひさしを貸して母屋を取られた」様なものだ。
宇を変えていまは「疏菜」とよばれている。
いつのころからか「粗」という字をきらって変えたのだろう。
平安貴族の宴会では植物性食品としてはミカソ類、栗、干柿などで、野菜は完全に抹殺されている。
真菜といい、粗菓といっても、しょせん貴族の宴会でのことで、1般庶民は依然として野菜を主とした食生活を続けていたことだろう。
『宇津保物語』や『土佐日記』には、鞍馬の山でヤマノイモを掘り、野原で摘んだ若菜を京の町で売るもののようすを伝えている。
13世紀になると、武家の世になった、武家は公家たちを政治的には圧倒したけれども、食生活の面では徐々に圧倒されて、だんだん美食に慣れていった。
ただ、鎌倉・室町時代の特徴はファンシな料理方法の誕生だ。
現在の日本料理の原型は平安時代にはでき上がっていたといわれるだいたい魚介類や鳥肉に煮る、蒸す、焼くなどの簡単な調理をしたもので、それらが客の前に並び、客はそれに醤、塩、酢などをつけて食べるつまり調味は客自身がやっていた。
爽族の宴会のメニュを見ても、コイ、アユ、マス、タイ、タコ、蒸しアワピ、干鳥、エピなどと、素材の名並んでいるだけだ。
室町時代の本になると「煮染めゴボウ」とか「黒煮のフキ」「酒煮のマツタケ」など、豆腐汁、とろろ汁、たけのこ汁などとともに記されており、明らかに調味された煮つけの類がはじまったことがわかる。
野菜類はこうしておいしい煮ものとなって、はじめて上げ方の宴席に顔を出したわけだし、またおいしく調味された野菜類は食卓をより豊かなものにしていったことだろう。
野菜の種類も豊富になり、また流通も盛んになっていた。
この時代のもう1つの特徴は、切る技法発達したことだ。
『4条流包丁書』に見られるように「切る」ことが料理の基本とされるようになり、これから江戸時代にかけて野菜の切り方にもいろいろな工夫が行なわれ、こんにち知られているような3十数種類にも及ぶ切り方ができ上がうだ。
中でも菊花切り、末広切り、茶筅切り、松葉切りなどのいわゆる花切りは日本独特のもので、食卓を美しく飾った。
日本料理は「見る料理」といわれる、野菜はその「見る日本料理」の主役を演じて来たのだ。
禅寺による精進料理の完成は、野菜料理の発達に拍車をかけた。
海藻類は奈良時代からワカメ、アラメ、コソブ(エピスノ、ヒロメ)、テングサ、フノリ、ミル、アオノリ、ツノマタ、オゴノリ、ナノリソ(ホンダワラ)、モスクなどが好んで食べられ、相当高価に取引きされていた。
こんにち、世界1、というより、世界でもきわめてめずらしい「藻食民族」日本人の歴史も長い。
奈良朝、平安朝の醤に源を発し、途中で別れてそれぞれに完成されて来た醤油と味噌。
この世界屈指の2つの発酵調味料と、昆布、鰹節、煮干などからとるダシは、もともと淡白な野菜をコクと香りのある、おいしい料理に仕上げた。
また、日本は世界1の漬物国だ。
塩漬けからはじまって、糠漬け、糠味噌漬け、粕漬け、こうじ漬け、味噌潰け、醤油漬け、酢漬けと、多彩な調味料と技法が駆使される。
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